久留米の歴史から(-ω-)/ その2  2020/2/23

こんにちは!
先日は猫の日でしたが、コロナウィルスの影響で気になっていたイベントが中止になり、ショゲてる営業の山田です('_')

今回も久留米市歴史シリーズです。

前回はコメ相場賭博ブーム!のお話でした。

コメ相場の話はこちらをクリック!!

お米つながりでって事で、今回は五穀神社についてお話します('ω')ノ

前回同様、学校では教わらない系のお話です。

五穀神社は江戸時代の中期に豊作祈願を目的に創建されたとされる神社です。

場所は西鉄久留米駅から徒歩6分くらいに位置で、近くには大砲ラーメンもあり、ご存じの人もいるでしょう('ω')ノ



インドの神様!

創建当初は、なんとインドの神様が祀られてました( ゜Д゜)!

婆珊婆演底主夜神と呼ばれる豊作の神様が祀られておりました!

豊作ですと日本の土地の神様を祀りそうですけどね……

当時の久留米は異国文化などへのバイアスが低かったのかもしれませんね('ω')ノ

そんな五穀神社……
五穀である米、麦、粟、豆、黍以外のものが有名になります。

それはなんと、カラクリ人形等の工芸品なんです( ゜Д゜)!


御繁盛

創建後の五穀神社では、年2回ほど御繁盛とよばれる催しが開催されておりました。

現在で言うお祭りです。

その御繁盛に様々な作り物の奉納が盛んになります。

それがどんどん人気になり、カラクリ人形の展示スペースなど人が楽しむ空間となったそうです。



立地による影響

ここからは私の憶測になります('ω')ノ

昔からあるお寺では無い事と、立地条件により人が集う場所になったと私は思います。

五穀神社の立地は久留米市通外町ですので、どちらかというと商人町の近くになります。

ですので五穀奉納の神様を祀る場所ですが、様々な身分の人が集る人気スポットになったのではないでしょうか('ω')ノ

現代で例えると、ユメタウンのようなスポットだったのかもしれません。

そんな人気スポットも久留米藩の倹約令などにより補助金も途絶え、イベント等が衰退していきます('_')


西鉄久留米駅の近くですので、近くまで行くことがありましたら立ち寄ってみてください('ω')ノ

神社にしては、少しアレンジがある造り(池や橋など)ですので、当時、人が集う場所だったことの面影を感じれます('ω')ノ

記 山田竜嗣

前回の記事はこちらをクリック!!