久留米の歴史から(-ω-)/ その1  2020/2/17

こんにちは!
実は博多出身ですが久留米が好きな山田です('ω')ノ
何故久留米が好きかというと、久留米市に住んでいる期間が生まれた町、博多の次に長いからです。

今回からシリーズ企画として久留米市の歴史についてお話します。

第1回は「米相場賭博」のお話です(-ω-)/

米の仲買組織

第1回から攻めた内容ですね(-ω-)/
筆者が私なので普通の教科書っぽい内容は期待しないでださいwww

時は1800年代、当時の久留米では米だけでなくあらゆる品に通貨料や検査料が課せられてました。

当時は「印銭」と言われ印銭方と呼ばれる組織もあったそうです。

私の想像ですが、「山川村や小森野村からの米を久留米城下にてお金に換金する際、税金が課せられてた。」とこんな感じだと思われます。

その後、仲買組織の力が強くなり、米を押し買い(脅迫的に安く買う)をするようになっていきます。

生産者や消費者ではなく仲介人の力が強くなってしまいます(゜д゜)!

相場賭博

さらに組織の力がエスカレートしていきます。

仲買い業者としては安く買って高く売る方が儲かります。
単純に市場操作をすれば儲かります。

それどころか、相場で賭博までやっちいます!!
藩も取り締まりたいのですが、流通相場に関しては彼らに頼りっぱなしで強く取り締まれません('Д')

さらに豪商たちの中には、田んぼを所有しちゃう人まででてきます('Д')


取り締まり

そんな久留米城下全体に影響を及ぼした米相場賭博も藩に摘発されます。

真面目なお役人さん達によって、大規模な摘発がされます。

当時の状況から読み解ける事は平和な世の中ですが、鬱憤や刺激を欲してたと推測されてます。

この後、尊王攘夷運動など日本が変革する激動の時代になりますので、なんとなくですが想像できますね(-ω-)/

まとめ

私たちも不動産仲介業という業種です。

仲介業者が地元で1強状態になると相場操作が出来てしまいます。

私が昔勤めていた会社の本社所在地の話ですが、人口10万人位の町で在庫200戸超を所有しており、相場操作をしていました。(まぁ落ちていくんですけどね…)

不動産だけでなく仲介業者は世の中のバランサー的役割があります。

仲介業社の力が強くなりすぎた状態は経済バランスで考えると良い状態といえない事が歴史から学べますね(-ω-)/

追記:この久留米城下米相場賭博に関しては後日、別の切り口で詳しくアップします('ω')ノ

記 山田竜嗣

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